筆者が新卒で勤務した某日系メーカーのとある部署では、閉鎖的な職場環境、朝から深夜まで拘束される長時間勤務が蔓延し、常に複数人の体調不良者が発生という状況でした。
そして例にもれず、筆者も体調不良で数か月ダウンしたことがあります。
体調不良で休みになると、当然回復に専念しないといけませんので、長期休みではあるものの安静が必須で、かなり行動は制限されるんですよね。
これって、完全リタイア後の生活(リーンFIRE)に近いんじゃないかと思いまして、ここでの経験が筆者のFIRE観に大きな影響を与えました。
具体的には、暇すぎるのもそれはそれで辛いことを身にしみて感じ、FIRE後の適度な労働には3つの効用があると思いました。以下、説明します。
長期休みで感じたこと
筆者は長期休みの経験から、以下の3つを感じました。
①会社以上に人間関係が限定的
②言いようのない社会からの疎外感
③無意識の節制と健康寿命の浪費感
順に説明していきます。
①会社以上に人間関係が限定的
これはFIRE後に自分でコミュニティを開拓する努力をすれば済む話ではありますが、たぶん意識して行動しないと、家族や一部の友人に人間関係が収束していくんだろうと思いました。
別にそれ自体が悪いことではありませんが、実際長期休みで長時間のヒマを手にすると、単位時間当たりの人間関係が希薄になり、家族や一部の友人と関わる時間だけでは物足りなさを感じました。
なんせ、人間普通に生きているとそんなに暇じゃありません。
家族も、友人も、四六時中相手はしてくれません。
会社は自分と合わない人とも関わらなくてはいけないデメリットはありますが、一方で、自動的に多様な人間関係が築かれる効用もあったのだと気づきました。
FIRE後は人間関係が合わなければ辞めればいいので、デメリットの面も緩和されます。
②言いようのない社会からの疎外感
長期休みでは、直接的な人間関係だけでなく、社会とのつながりという点でもしんどさを感じる場面がありました。
それは、全く働いていないことで、社会に価値を提供できていない感覚に起因するものだと思います。
人間には生産的な活動(仕事、家事、育児等)と、消費的な活動(遊び)があって、どちらも社会に必要なものではありますが、どちらが必須かと言われればやはり生産活動だと思います。
長期休みでの、ひたすら小さな消費だけを繰り返す生活は、少なくとも筆者にとっては社会から必要とされてる感を感じにくく、自尊心を保ちづらいものでした。
③無意識の節制と健康寿命の浪費感
長期休み中は、傷病手当は出ますが、当然その期間分のボーナスは出ないので、収入が減ります。
すると筆者に起こった現象は、無意識の節制です。
休職中とはいえ、少し良いランチに行くくらいの活動はしてもいいと思います。
しかし、筆者の場合は節制に拍車がかかり、ほとんど不要不急の消費活動はしなくなってしまいました。
完全にリタイアすると、この状況が永遠に続くわけですから、ふと考えると少し怖くなってしまいました。
たしかに、お金をかけなくても楽しむ方法があるのは筆者も完全に同意です。
しかし、限界があります。筆者の場合、旅行が趣味なので、お金をかけるほど選択肢が広がるのは事実です。
完全リタイアにこだわり過ぎると、時間はあっても選択肢が限定され過ぎ、時間の浪費、すなわち健康寿命の浪費につながってしまうのではと考えるようになりました。
FIRE後の適度な労働3つの効用
以上の経験から、FIRE後の適度な労働には3つのメリットがあると考えます。
①心身の健康
②社会とのつながり
③お金と時間のバランス
①心身の健康
人間は社会的な動物です。人間関係の多様性、社会とのつながりを得ることで、メンタル面にプラスに働くと思います。
また、完全にフリーの生活になると、生活習慣が堕落しがちです。適度な仕事によって強制的に生活習慣を整えることで、身体の健康の面でもプラスに働きます。
②社会とのつながり
消費活動だけで生きるのが平気かどうかは、人を選ぶと思います。
人間は社会的な動物なので、誰かの役に立っていない状況で長期間過ごすのは、通常辛いはずです。
FIREしたのであれば、お金を稼ぐために働く必要はありません。
自分にとって心地い具合に、生産活動と消費活動のバランスを整えるのが、幸せに生きるカギだと思います。
FIREは幸せに生きることが目的なので、そのための労働であれば、リタイアにこだわらなくてもFIREの理念には反しないと思います。
③お金と時間のバランス
完全なリタイアは、時間的な自由を得られますが、収入が限定され、今度は金銭的な自由が失われるおそれがありあす。
本人が本当に心からやりたいことが、たまたまお金がかからないことなら問題ないと思いますが、やりたいことを突き詰めようとすると、大概はお金をかけるほど選択肢が広がるというケースが多いと思います。
自由を得るためにFIREを目指して、結局別の形(お金)で自由を失ったら本末転倒です。
自分の本当にやりたいことを踏まえ、お金と時間のバランスを最適化するためなら、FIRE後の労働も役に立つのではないでしょうか。
まとめ
今回は、筆者が昔の長期休みで感じたことをもとに、FIRE後の適度な労働の効用について説明しました。
完全リタイアの労働量を0、フルタイムでみっちり働く労働量を100としたとき、多くの人のベストは0から100の間にあって、人によってグラデーションになっているのだと想像します。
そしてどこがベストなのかは、その人のやりたいこと、仕事に対する考え方等によって変わってくるでしょう。
ちなみに筆者は、週3~4で5時間ずつ集中して作業して、後は不定期で人と会って話す仕事(起業)…みたいな理想像を描いていたりします。
これはもし資産が十分あってもやりたいことです。
なので、FIREを目指している方や、これから目指す方は、日々の資産形成と並行して、自分にとってのベストが0~100のどこなのか、最終的な自分の目標地点はどこなのかということも考えるのもありかなと思います。
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