近年、「静かな退職」が増えているそうです。
「静かな退職」とは、仕事への熱意を持たず、必要最低限の業務のみをこなす働き方のこと。
以下のニュースを見かけました。
HRプロによると、「静かな退職」をしていると感じるか?に肯定的に答えた人の割合は60%。
以下、「静かな退職」について読んで感じたことです。
「静かな退職」2人の例
個人的に、「静かな退職」の本来の意味は、過剰労働を迫る企業に対し、労働の成果と給与との一致を図る活動と理解しました。
その上で、記事で紹介された2人の例を見てみます。
まず、「どうしても働きたくない」さんの例。
この例では、「サービス残業」「スキルアップしても給料が変わらない」といったワードが出ています。
上記が事実であれば、必要最低限の業務をこなす事は、「静かな退職」に該当すると考えます。
すなわち、サビ残を普通と捉える企業の方が誤りであって、頑張りを求めるなら先に正当な報酬を支払ってからにすべき、という事になります。
次に、えりさんの例。
この例では、「パソコン打ってる感」「身体の不調は無いが休職中」といったワードが出ています。
すると、この例では労働の成果がゼロに近いといえます。
労働の成果が無いのに給与を求めるのは、逆に労働者側が要件を満たしておらず、この例は「静かな退職」には該当しないと考えます。
すなわち、ただサボってるだけ。
以上より、上記2つの例を一緒にして「静かな退職」として語るのは違和感を感じます。
以下、前者のような例を「静かな退職」と定義して考えます。
それでも会社に残る理由
「静かな退職」を実行する「どうしても働きたくない」さんは、以下のように語ります。
それでもなお、会社に残り続ける理由は何なのか。「転職も考えたことがあるが、自分の適性がわからなかった。入社5年目で、仕事のやり方もわかっているため、新しく始めるよりもいい。未知の会社へ行く怖さもあって、なかなか踏み出せない」と答えた。
つまり、適当に働くゆえ、スキルが伸びず、転職の選択肢を失っている状態と想像します。
上記を読んで、少しもったいないなと思いました。
たしかに、サビ残、頑張っても変わらない給料、ダラダラ働いて、ダラダラ生きたくなる気持ちも分かります。
でも、このような人生を続けても、会社で周囲とのギャップにストレスを感じ続けるだけ。
会社での拘束時間は生活の改善に何ら繋がらず、1日8時間以上、しかも若年期の貴重な時間をムダにし続けます。
会社のためにやる気出せとは全く思いません。
でも、自分のために、転職の努力はしてみてもいいのに、とは思いました。
今いる業界が斜陽産業だとしても、IT業界はじめ、成長産業はいくらでもあります。
人手不足の業界に行き、努力すれば、ワークライフバランスなり何なり、理想の労働条件を手にする事はできると思います。
「静かな退職」とFIREとの違い
「静かな退職」は、企業の支配に対する労働者の反発という点では、FIREと通ずる部分があるかもしれません。
しかし、以下の点で大きな違いがあると考えます。
静かな退職:反発しつつも、結局は会社に依存→会社が潰れると困窮
FIRE:あくまで経済的自立を目指す→会社が潰れても影響小
「静かな退職」は、適当に働くことで、給料を半ばベーシックインカムのようにする事ができると思います。
しかし、それはあくまで会社からの給与収入に依存したもの。
会社が潰れる、あるいは何らかの理由で放り出されれば、途端にノースキル人材として困窮します。
もちろん、どう生きるかは個人の自由です。
しかし、いつでも辞めれるカード(経済的自立)があってこそ、「静かな退職」が本来求める対等な労使関係にも近づくのではないでしょうか。
まとめ
以上、「静かな退職」について感じた事でした。
一度きりの人生。
「静かな退職」もいいですが、会社に毅然とNOを言える、自立した人生を目指すのも一興かもしれませんね。
FI(経済的自立)に関する情報は、当ブログで引き続きお伝えして参ります。
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いつでも辞めるカードがあれば、労働環境が改善される例。
FIREにもスキルは重要。
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